女王国の城、読了

 上下二段構成505項、原稿用紙換算1200枚楽しませていただきました、有栖川有栖著「女王国の城」!
 ココ来る人の中で、有栖川読んでる人がほとんどいない気がするので、前半部分でアリスの事を語って少しでも興味を惹かせよう作戦。


 さて、有栖川有栖の代表作は二つあり、ひとつはこの「女王国の城」が該当する、英都大学に在籍する有栖川有栖が基本的な語り部を任される、江神次郎を探偵役とする「学生アリスシリーズ」または「江神シリーズ」。もう一つは30代の推理小説作家が語り部で、英都大学臨床犯罪学科助教授の火村英生を探偵役とする「作家アリスシリーズ」または「火村シリーズ」。
 この二つの関係は面白い事に、「学生アリス」が年を経て「作家アリス」になった、というものではなく、「学生アリス」が書いた小説の主人公が「作家アリス」で、「作家アリス」が仕事として書いている小説が「学生アリス」という、一種のパラレルワールドを展開しています。
(「作家アリス」が書いている、という設定の「学生アリスシリーズ」が長編四作品しか出回ってない、というのは皮肉だよなぁ……「学生アリス」が書いてる長編は十篇以上あるのに)
 これの見方として有栖川有栖がニ作品とも書いている、が正解なのを上手くズラしているような気がします。
 また、作中に有栖川有栖というキャラクターが出ているのは、彼が信望するエラリー・クイーンの小説からくるものでしょう。しかし、アリスは探偵役などという名誉な部分を預からず、重度のミステリファン故、色んな意見を出すが、えらい無茶ばっかりいって周囲を呆れさせたりする完全なワトソン役に従事している点が、作家と同名のキャラクターが出ているのに、それを鼻につかせないのだと考えます。
 彼の作品の面白い部分として、エラリー信者からくるのかロジックで裏打ちされた純粋なフーダニット、古きよき本格ミステリが楽しめる反面、魅力的なキャラクターによるエンタメとしても楽しませてくれる部分でしょうか。
 有栖自身大阪出身であり、舞台の英都大学は京都にあり、小説用に直された口当たり軽やかな大阪弁で喋るキャラクター達も、(北神自身の)同郷贔屓か、実にリズミカルに楽しませてくれます。
 ので、ガチガチのミステリだと思わず、軽い気持ちで読んで見てほしいな、と。
「月光ゲーム」の方はマッグガーデンの方で漫画化されているので、ブックオフとか言ったら100円とかで購入できるやもです。
 別に「ラノベばっか読んでないでミステリ読もうぜ」とは言いません。自分もラノベを主に楽しみつつミステリをつまみ食いする程度に嗜むレベルですし。
しかし、ミステリである転の部分は確実にミステリと通じる部分があり、不可能と謳われたモノをロジックやトリックを武器に踏破する、というのもなかなか乙だぜ?
 俺は記号みたいな萌えキャラはうんざりだ、たまには普通のものが読みたい、なんて時に是非オススメしたい。


 さて、こっから女王国の城の感想を挟みつつ話を進めていきます。


 ◇女王国の城 ☆☆☆☆★


 さて、この有栖川有栖川のデビュー作「月光ゲーム Yの悲劇‘88」とあるように、舞台は1988年の日本であり、コレが刊行されたのは1989年。俺がオギャーと生まれ出でた頃の話である。
 翌年学生アリスシリーズニ作目「孤島パズル」が刊行され、そして更に二年後に有栖川最高傑作と謳われる「双頭の悪魔」が刊行され……そしてこの四作目が登場するのはそれから15年の月日を経て、である。
 しかし、「月光ゲーム」で英都大学一回生だったアリスは、「女王国の城」にて三回生に進学する。無論、留年はしていない(シリーズの探偵役である江神は「月光ゲーム」時点で四回生なのだが、とある理由で留年を続けており、現在28歳、学生)。
「女王国の城」で、去年ベルリンの壁が崩壊して、昨日あたりにも天安門事件で中国の学生が殺されているのだろうか、などと心配をし、バブル経済の渦中でバブルを語られても、こちとらギリギリとはいえ、半年誕生が遅れたら平成生まれになる昭和ものだ。
 また、本文序盤にて、(あとがきで短編集として纏められる予定の)短編「桜川のオリーフィア」という作品のバレっぽいのがあったのが個人的に残念。また、短編「望月周平の密かな旅」の話も出てくるのですが此方は個人的に、たまたま中古書店で該当短編が掲載されている雑誌を手に入れることが出来たので「アレのことか」とニヤニヤ。


 さて、本編のレビューっぽいことも少々。
 まず、これは本格ミステリのミステリ部分にのみ着眼するのであれば、実は「読者への挑戦状」部分で、犯人のアタリを付ける事が出きる佳作〜秀作クラス。尤も、そうでないようなトンデモトリックばかり扱うミステリが綾辻以降(しかし綾辻デビュー作の十角館は素晴らしかった、と擁護)増えてきたので、こういった作品はもっと出てもいいと思う。
コレは逆に言うのであれば、純然たるロジックに裏打ちされたミステリ小説である、とも言えるのですが。
 自分は我先にと流れるように解決編へと読みすすめ。ある程度「この人あたりかなー」と二、三人ほどアタリをつけていたのですが、見事に外れましたw


 まず残念な点を(己の法則に律儀なヤツよの、と自重)。
 何にしても冗長。
「女王国の城」は1200枚の超長編ですが、最初の事件が起きるのは150項当たり。原稿用紙に換算すると300枚くらいです。並みのラノベなら1冊ですよ。
 雑誌に連載されているミステリならば、人の死体を発見したところでその号の幕引きとしてよく用いられますが、コレをラノベとかでやられると起こられるだろうなぁ……とか。
 しかし反面、コレはコレでありなんじゃないかな、とか思った。
 一冊目で楽しい日常から、事件というショッキングな舞台に立たせ、
 二冊目で、語り部達はリビングで集まって会議、あるいは証拠集めから始まり、事件を回想。第二、第三の事件が起こり、七割程度の情報は入るも、謎は余計入り組むばかり。
 三冊目にて、何かが出てきたりして事件が思わぬ方向に転がるも、それをみて真相を確信し、あたかも見てきたように事件のあらましを語る探偵。犯人が割れ、動機や語られていない部分が語られ、主人公達が何か思うところを残しながらエピローグへと持っていく、といった風な。
 コレなら次巻が発売する前に、復習も兼ねて情報の整理を(数寄者に)半強制的に行なえさせることができますし。
 まぁ、それを一冊に纏めるのはどうよー、とは思わなくもなくというか思う。重いし。


 しかし、この作品の本当に旨いところは、新興宗教の薄気味悪さと、その立ち振る舞いの横暴さ、理不尽さがより顕著に出ていた為、なるほどそれが上手くカモフラージュされたある一点だと思う。
 自分もそれとは別角度に「その存在」を疑いながらも、エピローグでその謎が白日に晒された時は実に興奮。また、純粋なフーダニット、というのは「事件を解決」させるまでの話だけであって、その実いったい「なぜ」これはこういう反応を示し続けていたのか、そして11年前の事件と関連し、一体「なぜ」こういう事態が起こったのか……本当に、ただ点の集合体でしかなかった一見関係なさそうな謎、その真実が一片の過不足なく白日の下に晒される様は本当に圧巻。
かまいたちの夜×3」のBAD79と、城平京の小説版スパイラル「更迭番長の密室」と「幸福の終わり 終わりの幸福」を一片に読んだ気分でした。


 無論、ミステリとしてではなく、学生アリスらしい青春小説としても見事に仕上がっており、個人的には「双頭の悪魔」より好きです。有栖川未読の人は「月光ゲーム」から是非。既刊を楽しんでいる方には自信を持って薦められます。